「社員が自主的に動いてくれない」「もっと主体性を持ってほしい」。
この悩みの原因は、社員の資質ではなく、「指示を待つのが当たり前」になった企業風土にあります。
研修で意識を説くだけでは人は変わりません。けれど現場で小さな改善を自分で考え、試し、認められる経験を積めば、主体性は確実に育ちます。問題解決や品質異常の早期発見が増えることこそ、経営にとって最大のインパクトです。
その仕組みをつくるのが5S活動です。
「掃除や片付け」と誤解されがちですが、正しく実践すれば、社員を指示待ちから自律型人材へ変える最強の人材育成ツールになります。
もくじ
9割の経営者が知らない、5S活動の「本当の目的」
5S活動(整理、整頓、清掃、清潔、躾)は、安全で効率的、そして快適な職場をつくることを目的に取り組む活動です。
ただし――ここで終わらせてしまっては、5Sの本当の力を活かしきれません。
その裏側にある狙いは、「人を育て、風土を育てること」にあります。
① トヨタが5Sを徹底する本当の理由
世界最強の現場と評されるトヨタでは、5Sは単なる環境整備ではありません。
それは、決められたことを守れる「規律正しい人材」を育成するための基本訓練として位置づけられています。
新入社員は入社時に徹底的に5Sを叩き込まれ、ルールを無意識に守れることが当たり前になる。
この「規律」が強固な企業文化として根づくからこそ、現場の改善提案が次々と生まれ、世界に誇る競争力が維持されているのです。
② 自律した人材を育てる
5Sの5番目「躾(しつけ)」は、上から押し付ける規律ではなく、自らを律する力=自律を意味します。
日常業務の中で「まあ、いいか」という気の緩みをなくし、ルールを自分で守り続ける習慣を積み重ねることが、社員を指示待ちから自律型人材へと成長させるのです。
👉 5Sの「躾」に違和感?誤解されがちな「躾」の本当の意味とは
③ 意識を変える「最強の実践ツール」
一般的な研修や会議で「意識を変えろ」と説いても、人はなかなか変わりません。
しかし5Sは、整理整頓や清掃といった目に見える変化を伴うため、社員の意識に直接作用します。
「やってみたら現場が良くなった」という実感が、次の改善への意欲を呼び起こす。これこそが、5Sが人を育てる最大の力なのです。
5S活動の目的とは?
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5S活動の目的とは|安全・効率・快適、そして躾で職場を変える
5Sとは、整理・整頓・清掃・清潔・躾の頭文字を取った、職場改善の基本活動です。5Sとは何か?はこちらの記事で解説しています。 本記事では、その中でも多くの企業が最初に直面する疑問である「5S活動の目的 ...
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なぜ“ただの片付け”が社員を自律型人材に変えるのか?
「片付けや掃除で人材が育つはずがない」と思われるかもしれません。
しかし、5Sの進め方には社員の意識と行動を変える3つの仕掛けが組み込まれています。
① 「自分ごと」で進めるから主体性が育つ
5Sの鍵は、上からの命令ではなく、社員が主役になるボトムアップ型の進め方です。
現場の社員自身が職場の問題を発見し、仲間と議論して解決策を決め、実行する。
この「考える → 決める → 動く」のプロセスを繰り返すうちに、主体性や問題解決力が自然と鍛えられます。
② 「小さな成功体験」が自信と前向きさを生む
人は失敗を恐れると行動できなくなります。
しかし5Sは、失敗しても会社に大きな損失を与えない低リスクの活動です。
例えば「工具を定位置に戻す」「在庫を適正量にする」といった小さな改善でも、成果はすぐに目に見えます。
こうした成功体験の積み重ねが自信を生み、「どうせ無理」といった消極的な態度を前向きな行動へと変えていきます。
③ 「気づく力」が改善とイノベーションの芽になる
整理・整頓・清掃を続けると、これまで見過ごしていたムダや異常に敏感になります。
床の油シミ、机の上の無駄な書類、工程の非効率――小さな気づきと、それに対する改善が積み重なると、「見て見ぬふりをしない文化」が生まれます。
この気づく力は、日常業務や新しい事業開発にも応用され、改善とイノベーションの源泉となります。
「育った人材」がもたらす4つの直接的な経営メリット
1. 損失を防ぐ「気づく力」
5Sで鍛えられた人材は、机の上の散らかりや床の油ジミといった“小さな異常”を見逃しません。
その一瞬の気づきが、大事故や大規模な不良を防ぎ、結果として大きな損失から会社を守ります。これは同時に「この会社は安心だ」という顧客の信頼にもつながります。
2. 利益を底上げする「継続改善力」
育った人材は、日常の中で無駄を探し、自然に改善を繰り返します。
「探す」「待つ」「余分に持つ」といったロスを減らす行動が習慣化されるため、業務コストが下がり、利益率はじわじわと底上げされていきます。
3. 経営を軽くする「自律性」
自律した社員は、いちいち指示を待たず、自分で判断して行動します。
これにより、経営者や管理者は細かい指示や監督に追われず、経営の本丸である戦略や未来構想に集中できるようになります。
4. 人が辞めない「信頼関係」
5Sのプロセスで「人を責めるな、仕組みを責めろ」という考え方が浸透すると、人間関係の摩擦が減り、チーム内の信頼関係が深まります。
心理的安全性が高い環境は、社員にとって「ここで働き続けたい」と思える要因となり、離職率の低下につながります。
5. 変化を受け入れる「柔軟性」
改善の習慣が根づいた人材は、変化に対して柔軟です。
新しいシステム導入やDX、あるいは新規事業に対しても前向きに取り組むため、企業が次のステージに進むスピードが速まります。
つまり、5Sで育った人材は「管理が楽な社員」ではなく、経営を前に進める推進力そのものになります。
成果は安全や品質だけにとどまらず、利益、組織文化、未来対応力――すべての面で経営に直結するのです。
「自走する人材」を育てる小集団5S活動の取り組み方
人材を育てるには小集団(4〜6名)での取り組みが最も効率的です。少人数だと発言しやすく失敗のハードルが低いため、現場で「考えて試す」サイクルが速く回り、その過程で主体性・観察力・協働力・リーダーシップが自然に育ちます。
ここでは、現場で主体性を育て活動を定着させるための小集団活動の流れを、4つのステップでお伝えします。
グループ分けをする
全社員がいずれかのグループに属するようにします。理想は4〜6名。少人数だと発言しやすく、当事者意識が生まれます。部署を横断的に混成すると連携のきっかけにもなります。
リーダーを選出する
各グループにリーダーを立てます。ポイントは役職者ではなく若手を登用すること。これによりボトムアップの雰囲気を保ち、次世代リーダー育成の場にもなります。上司はサポート役に徹しましょう。
目標と計画を立てる
グループごとに担当範囲・目標・年間計画を自分たちで決めます。「いつ・誰が・どこを・どう改善するか」を具体化することが実行と定着の鍵です。
定期的な会議でPDCAを回す
月1回のグループ会議で振り返り(Check)と改善議論を行い、リーダー会議などで成功事例を共有します。定期的なPDCAによって活動は継続し、他グループとの切磋琢磨が生まれます。
詳しい手順やテンプレート、運用上の注意点は本ページにまとめています。
実務に落とし込む際はこちらを参照してください👉 5S小集団活動の進め方(詳しい実践ガイド)
管理職(リーダー)の育成ポイント
管理職に求められる役割を明確にする
管理職が育たない大きな原因のひとつは、役割や権限が曖昧なまま任命されてしまうことです。実際に研修でお会いする多くの役職者が、「最初に何を任されているのかがはっきりしない」と感じていました。
自分の役割が不明確だと、どうしても目の前の業務に没頭してしまい、部署全体を見渡せなくなります。その結果、部下もついてこず、組織としての成長も停滞してしまいます。
まずは「これは任せる!」と明確に伝え、判断の範囲や責任を共有することが、管理職としての自覚と成長を促す第一歩となります。
日常で磨くコミュニケーション力
もう一つの課題は、「伝える力」と「聴く力」を実務の中で学んでいないことです。管理職の役割はチームをまとめることですが、意図が伝わらなければ部下は動きませんし、部下の声を受け止められなければ意見は出てきません。
例えば、部下がせっかく意見を出しても、頭ごなしに否定すれば次から発言はなくなります。逆に、最後まで話を聴き、要点をまとめて返すだけで、信頼関係が生まれ、協力者が増えていきます。こうしたコミュニケーションの積み重ねが、チームのモチベーションを高め、成果につながります。
活動を成功に導くために経営者が果たすべき3つの役割
5S活動は現場任せにしてもうまくいきません。
「人を育て、組織を変える活動」にするためには、経営者自身が明確な役割を担う必要があります。
① 率先垂範 ― 経営者が本気を示す
経営者が自ら活動に参加し、決めたルールを例外なく守る姿勢を見せること。
「トップがやらないことを現場に求めても定着しない」というのが5Sの鉄則です。
経営者の本気が伝わることで、社員も「これは一過性ではなく、本当に会社の方向性なんだ」と腹落ちします。
② 権限移譲と承認 ― 社員を信じて任せる
5Sは「社員が考え、動く」ことが本質です。
経営者は答えを与えるのではなく、社員のアイデアや取り組みを尊重することが大切です。
たとえ失敗しても、それは損失ではなく成長のプロセス。
「挑戦したこと」を認め、感謝を伝えることで、社員の自律性はさらに高まります。
③ 仕組み化 ― 活動を文化にする
活動を一過性で終わらせないために、仕組みをつくることが経営者の役割です。
具体的には、以下のような取り組みです。
- 活動時間をスケジュールに組み込む
- 定期的に成果を共有する場を設ける
- 写真や数値で改善を「見える化」する
仕組み化によって、5Sは単なるイベントではなく、企業文化として定着していきます。
5S活動での経営者の役割はこちら
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まとめ:5Sはコストではない。未来をつくる「最強の投資」である
5Sは、職場をきれいにする活動ではなく、人を育て、組織を強くする経営の仕組みです。
安全・効率的・快適な職場を土台に、社員の自律性を育み、組織文化を変える力があります。
その成果は、生産性や品質の向上、安全性の確保、離職率の低下といった、経営に直結する利益として返ってきます。
だからこそ5Sは、時間を奪うコストではなく、未来のための投資なのです。